B-78-61
前立腺肥大症とは、前立腺が肥大して、様々な排尿の症状を引き起こす病気です。前立腺が肥大する原因はわかっていませんが、
男性ホルモンなどの性ホルモン環境の変化が関与すると言われています。前立腺肥大症を発症する明らかな危険因子は加齢ですが、
その他に遺伝的要因、食生活、肥満、高血圧、高血糖、脂質異常などがあげられます。
前立腺は男性にしかない生殖器の一つで、前立腺液といわれる精液の一部を作り、
精子に栄養を与えたり、精子を保護する役割を持っています。
前立腺は直腸と恥骨の間にあり、膀胱の出口で尿道を取り囲んでいます。このため、前立腺が肥大すると尿道が圧迫されて、
排尿に関わるいろいろな症状が出現します。前立腺は、尿道の周囲にある内腺とその周りにある外腺に区分されますが、
前立腺肥大は尿道周囲の内腺に発生し、前立腺癌は外腺に発生します。
では、前立腺はどのくらいの大きさなのでしょうか?一般的な成人男性での前立腺の大きさは、体積で表した場合には20ml以下と言われています。
よく、「クルミぐらい大きさ」と例えられます。ところが、前立腺が肥大すると、クルミ程度の大きさのものが、卵やみかんの大きさになります。
前立腺肥大症の頻度は、年齢とともに高くなり、50歳からより増加します。組織学的な前立腺肥大は、30歳代から始まり、50歳で30%、60歳で60%
、70歳で80%、80歳では90%に見られますが、そのすべての方が治療を必要とする症状を伴うわけではありません。前立腺の肥大と排尿症状を伴い
、治療を必要とする、いわゆる前立腺肥大症の頻度は、その1/4程度と言われています。
前立腺が肥大する原因は、「男性ホルモンの働き」が関与している、中高年になって男性ホルモンを含む性ホルモン環境の変化が起こることにより、
前立腺が肥大する
前立腺肥大症では、排尿症状(排尿困難をはじめとする、尿を出すことに関連した症状)、蓄尿症状(尿を貯めることに関連した症状)
、排尿後症状(排尿した後に出現する症状)がみられます。
排尿症状
排尿困難とは、尿が出にくい症状の総称ですが、「尿の勢いが弱い」、「尿が出始めるまでに時間がかかる(尿を出したくでもなかなか出ない)」、
「尿が分かれる(尿線が分かれて出る)」、「排尿の途中で尿が途切れる」、「尿をするときに力まなければならない」などの症状があります。
蓄尿症状
前立腺肥大症では、多くの場合頻尿がみられます。頻尿については、一日に何回以上という定義はありませんが、昼間(朝起きてから就寝まで)
については概ね8回より多い場合、夜間は就寝後1回以上排尿のために起きる場合、それぞれ「昼間頻尿」、「夜間頻尿」と考えられます。
「尿意切迫感」は、急に我慢できないような強い尿意が起こる症状を言います。また、尿意切迫感があって、トイレまで間に合わずに
尿が漏れてしまうような症状を、「切迫性尿失禁」と言います。尿意切迫感があり、頻尿を伴うものを過活動膀胱といいますが、
前立腺肥大症の患者さんの50~70%が過活動膀胱を合併します。過活動膀胱では、まだ膀胱に十分尿が貯まっていないのに、
膀胱が勝手に収縮してしまうので、すぐに排尿したくなってトイレに行く、つまり頻尿になります。
前立腺肥大症で、排尿後に膀胱内に尿が多量に残るようになると、膀胱に貯められる尿量が減って、結果的に頻尿になる場合もあります。
なお、頻尿は、前立腺肥大症以外にも、様々な病気や状態によって起こります。例えば、脳卒中やパーキンソン病などの中枢神経疾患では
過活動膀胱が起こるために頻尿となります。また、膀胱炎や前立腺炎などの感染では、尿意が亢進して頻尿になります。高血圧、心不全、
腎機能障害では、夜間の尿量が多くなるために夜間頻尿がみられます。病気ではなくても、水分を取りすぎることによって尿量が多くなるために
頻尿となる場合もあります。水分をたくさん摂ることによって、血液がさらさらとなり脳卒中の予防になるという説を信じて、水分をたくさん摂っている
方が非常に多いのですが、この説には科学的根拠はなく、自分で頻尿の原因を作ることになっていることが少なくありません。
排尿後症状
「残尿感」とは、排尿後に「どうもすっきりしない」、「尿が残っているような感じがする」といった感じのことです。また、尿が終わったと思って、
下着をつけると尿がたらたらっともれて下着が汚れることがありますが、これを「排尿後尿滴下」と言います
肉眼的血尿
前立腺肥大のために、尿道粘膜の充血が起こり、前立腺部の尿道粘膜から出血して、血尿が出やすくなります。
尿路感染
排尿障害のために、膀胱内に残尿が残るようなると、尿路感染が起こりやすくなります。
尿閉
膀胱内に尿が充満しているにも関わらず、尿が出せない苦しい状態となり、これを尿閉(にょうへい)と言います。前立腺肥大が高度なほど
(前立腺が大きいほど)起こりやすく、飲酒、風邪薬の服用が尿閉を引き起こす要因として頻度が高いものです。また、尿を我慢しすぎることが、
尿閉を引き起こすこともあります。胃内視鏡検査を行う前に、胃の動きを止めるために注射(臭化ブチルスコポラミン注射液)を打ちますが、
前立腺肥大症があるとこの薬が尿閉を引き起こすこともあるので、注意が必要です。
膀胱結石
膀胱内に常に残尿がある状態が長期間続くと、膀胱内に結石ができることがあります。
腎機能障害
膀胱内に多量の残尿が残るようになったり、排尿障害のために膀胱壁が高度に肥厚(厚くなる)すると、
腎臓から膀胱への尿の流れが妨げられ、腎臓が腫れる状態(水腎症)となり、腎不全になることがあります。
溢流性尿失禁
溢流性(いつりゅうせい)尿失禁は、膀胱内に常に多量の残尿が存在するために、膀胱内にそれ以上尿が貯められなくなり、
まるでダムから水が溢れるように、尿道から尿が溢れ出て、いつも尿がちょろちょろと漏れる状態を言います。
後述するように、前立腺肥大症に対しては、まず薬物治療が行われますが、上記のような合併症を発症した場合には、手術による治療が行われます
前立腺肥大症の治療には、大別すると薬物治療、手術治療、保存治療の3つがあります。先に述べた、尿閉、肉眼的血尿、膀胱結石、
腎機能障害、尿路感染などの前立腺肥大症による合併症が見られる場合には、手術治療が行われますが、それ以外の場合は、
まず薬物治療が行われます。前立腺肥大症の手術治療としては、内視鏡手術が標準的な手術として行われます。
前立腺肥大が尿の通過障害を引き起こす理由として、2つのメカニズムが考えられます。
ひとつは、前立腺の平滑筋に対する交感神経の緊張が亢進して、前立腺(平滑筋)が収縮して、尿道を圧迫することによります。
もうひとつは、前立腺の収縮とは関係なく、大きくなった前立腺が物理的に尿道を圧迫して、通りを悪くすることによります。こういったことから、
2種類の薬剤が広く用いられています。α1遮断薬は、前立腺平滑筋にある交感神経受容体(交感神経α1受容体)を遮断することにより
、前立腺平滑筋を弛緩し(緩め)、尿道の圧迫を解除して、尿が通りやすくします。もうひとつの薬は、前立腺を小さくして、前立腺肥大による
尿道の物理的な圧迫を軽減します。前立腺の肥大には男性ホルモンが関与していますが、この男性ホルモンの前立腺に対する作用を抑える
ことにより、前立腺は縮小します。
薬物治療を行っても、症状の十分な改善が得られない場合や、前述したような肉眼的血尿、尿路感染、尿閉を繰り返す場合、
あるいは膀胱に結石ができたり、腎機能障害が発生した場合には手術による治療が行われます。100g(ml)を超えるような巨大な前立腺肥大の
場合には、開腹手術によって肥大した前立腺を摘出することがありますが、
通常は、尿道から内視鏡を挿入して行う手術が行われます。最近では、レーザーを用いた、新しい内視鏡手術も行われています。
● 経尿道的前立腺切除術
尿道から内視鏡を挿入し、内視鏡の先端に装着した切除ループに電流を流し(電気メスと同じ)、肥大した前立腺を尿道側から切除する方法です。
前立腺切除は、“かんなで木を削る”ように、少しずつ切除して、肥大した前立腺(内腺)を完全にくり抜くように切除します。前立腺肥大症に対する
最も標準的で、広く行われている方法です。
● ホルミウムレーザー前立腺核出術
尿道から内視鏡を挿入し、レーザーを照射しながら、肥大した前立腺(内腺)と外腺の間を剥離して、内腺の部分を塊としてくり抜きます。
くり抜いた内腺は、膀胱の中で細かく砕いて、吸引して取り出します。最近、広まりつつある手術方法で、大きい前立腺肥大に対しても
少ない出血で行うことができます。
● レーザー前立腺蒸散術
尿道から挿入した内視鏡下に高出力のレーザーを照射して、肥大した内腺を蒸散(蒸発)させながら、切除します。非常に出血量が少なく、
大きな前立腺肥大にも行うことができ、術後の尿道へのカテーテル留置期間も短い利点があります。
● 経尿道的マイクロ波高温度治療
(TUMT:Transurethral Microwave Thermotherapy)
手術治療の中でも低侵襲治療に分類され、尿道から挿入したカテーテルからマイクロ波を発射し、前立腺組織を熱によって壊死させることにより
前立腺内腺を縮小します。標準的手術方法であるTURPと同程度の治療効果があると言われていますが、再手術率が高いという報告もあります。
● 尿道ステント
前立腺により圧迫された尿道にステントという筒状のものを留置する方法で、内視鏡操作で行います。侵襲は低く、安全性も高いものの、
合併症も多いため、寝たきりであったり、全身状態が不良であったり、手術が困難な場合のみに限られます。
保存治療には、生活指導、経過観察、健康食品などがあります。水分を摂りすぎない、コーヒーやアルコールを飲みすぎない、
刺激性食物の制限、便通の調節、適度な運動、長時間の座位や下半身の冷えを避ける、などの生活での注意は、前立腺肥大症の
症状緩和に役立ちます。症状や合併症のない前立腺肥大症は治療の必要はなく、定期的な経過観察を行います。健康食品については、
ビタミン、ミネラル、サプリメント、ノコギリヤシなど、前立腺肥大症に有効と言われるものがありますが、科学的には有効性は示されていま
前立腺肥大症の薬物治療に使われる薬は、α1(アルファワン)アドレナリン受容体遮断薬(α1遮断薬)、5α還元酵素阻害薬、
抗アンドロゲン薬、生薬・漢方薬などに分けられます。
α1遮断薬は、前立腺肥大症に伴う排尿困難の薬として、現在最も多く使われる内服薬です。前立腺平滑筋に対する
交感神経緊張状態を抑えることにより、前立腺を弛緩させ、その結果として、前立腺の尿道に対する圧迫を軽減します。
また、最近、前立腺肥大症に伴う過活動膀胱の改善にも効果があり、排尿困難だけでなく、頻尿、夜間頻尿、尿意切迫感などの
蓄尿症状の改善にも有効であることが示されています。即効性があり(内服後1週間以内から効果がみられます)、
十分な症状改善効果と満足度が得られます。前立腺を小さくする効果はありませんが、長期的な改善効果も示されています。
α1受容体は血管にもあるので、α1遮断薬は血管を拡張させて、急な血圧低下(起立性低血圧)によるたちくらみなどの副作用を
起こす可能性が指摘されています。しかし、最近広く使われている新しいα1遮断薬は、血管を拡張させる作用はほとんどなく、
血圧低下に伴う副作用はまれで、高血圧に対する降圧剤と併用して服用しても、安全であることが報告されています。
その他の、一副作用として、めまい、下痢、射精障害などがまれにみられることがあります。
なお、α1遮断薬を服用していると、白内障の手術に影響することがあるので(手術を行う眼科医が知っていれば問題はありません)
、眼科の医師に服用していることを伝えることが必要です。
日本では2009年に認可された新しい薬で、血液中の男性ホルモン(テストステロン)が、前立腺組織に作用するのを抑える作用を持ちます。
血液中のテストステロンが前立腺細胞に取り込まれると、5α還元酵素の作用によりジヒドロテストステロンに変換され、
このジヒドロテストステロンが前立腺細胞の増殖に働きます。この薬剤は、5α還元酵素の作用を抑えるため、前立腺細胞の中で、
テストステロンがジヒドロテストステロン変換されるのを抑制するために、前立腺細胞の増殖を抑制し、その結果
、肥大した前立腺が縮小します。この薬を長期間服用することにより肥大した前立腺が縮小して、排尿困難の症状を改善します。
1年の内服でおおよそ25~35%程度前立腺サイズが小さくなります。この薬の作用はα1遮断薬と異なり、即効性はなく、
ゆっくり効果があらわれるので、長期間の内服が必要で、中止すると前立腺は再び大きくなります。前立腺が大きい場合や、
α1遮断薬による治療で効果が不十分な場合には、α1遮断薬と5α還元酵素阻害薬の併用が有効です。
一般に副作用の発現率は低く、特に、この薬は血液中の男性ホルモン(テストステロン)を減少させることがないため、
勃起障害や性欲減退などの副作用はまれです。この薬は、血液中の前立腺特異抗原(PSA)の値を約50%低下させるため、
前立腺癌を見逃さないように、投与前、投与中はPSA値の測定とあわせて前立腺癌の評価を行うことが必要です。
前立腺に対する男性ホルモンの作用を抑える薬ですが、5α還元酵素阻害薬とは作用機序が異なります。抗アンドロゲン薬は
精巣からのテストステロン産生を抑制するとともに、血液中のテストステロンが前立腺細胞に取り込まれるのも抑制します。
この薬も、肥大した前立腺を縮小して、排尿困難の症状を改善します。血清テストステロン値を低下させるために、高頻度で
勃起障害や性欲低下などの性機能障害の副作用がみられ、うっ血性心不全、血栓症、肝機能障害、糖尿病などまれな
副作用も添付文書に示されています。血液中のPSAを低下させることは5α還元酵素阻害薬と同様ですので、投与前、
投与中の前立腺癌の評価を行うことが重要です。16週間投与しても、期待された効果が得られない場合は、漫然と続けない方がよいとされています。
植物から抽出したエキスを薬にした生薬や、いくつかの漢方薬が前立腺肥大症治療に使われることがありますが、
有効性については十分な科学的根拠が示されておらず、α1遮断薬よりは効果が劣ります。副作用はまれです。
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